清流のバロメーター 黄鶺鴒(きせきれい) 水清ければ魚棲まず
清流(せいりゅう)とは、
「清らかな水の流れ」のこと。転じて、心が清い人や、社会的な地位が高い慈善家を指して言う
ふむふむ、まぁ 自分が清いとかって話をするほどアホでは無いのだが・・・
河川には、鳥であったり魚であったり、清流である証のようなものがある。魚としてはハヤ・ヤマメ・イワナ・・・それぞれにレベルのようなものがある、鳥もしかりなのかもしれん。
↑オス 立派なあごひげカラーがある。
このキセキレイがいる事が清流どうかの境界だという人もいるらしい。
ところがである。このところ魚がいない。橋の上から見ても小魚の影も形も無い、聞けば一昨年あたりからかなり減ったのだという、どうやら上流にある大きな沢の砂防ダムの砂が処理できなくなり流したらしい。さらに水難事故(いつもの橋の下で子供が亡くなった)を減らすためか、支流上流のダム湖の放水量が激減。川の石が砂で埋まり改善されず苔を食う魚たちが壊滅したようだ。昨年は鮎釣りがほぼ全滅。釣り人は解禁から一週間もいなかった。
野鳥で影響を受けたのが魚を食う連中だ、数年前まではとんでもない数がいたサギの群れも今はいない・・・カワセミはいるにしても餌場が定まらない。当然、先日のヤマセミは奇跡だな。
↑メス (両者は、同じ沢の流れ込みにいるカップル。美形同士だ)
本当に
「水清ければ魚棲まず」になってしまったのだ。
ま、あくまでもついでなんだが・・・この言葉。
水清ければ魚棲まず
自らの身を正しくして清廉潔白なのは、よいことには違いないが、あまり度がすぎると、他人のあらを見つけてはとがめだてするようになり、しまいには友人を失い、孤立してしまうようになる恐れがあります。
出典 故事百選
ということわざだ
↑(ドヤ顔でニンフを入れ食いの夕方。キセキレイは、虫食いですから、魚がいなくてもどうにかなります。)
がしか~~し、現実は
寛容すぎて非寛容な人々だらけ・・・
>他人のあらを見つけてはとがめだてするようになり<
なんか・・・ジャッジに公正さを求めているのにその実は・・・って話そのまんまやなぁ 結局はドロドロにならざるをえない。
そして客を失い、ガラパゴス状態・・・で、いつの間にか孤立している業界なのだがね
だったら筋通して我を張ってりゃええヤンとも思ったり
あ~~あくまでもついでの話だからねぇ
今日は、こんぐらいにしといたろw
↑キリッ! (ねぇ鳥だって背筋が一本通ってると格好いいでしょう)
ま、気楽に行こう ^^
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